人生の意味は次の世代にバトンを渡すこと

選択肢の多い時代=迷いの時代

毎日生きていると、なぜ自分はこんなことをしているんだろうという疑問が湧いてくる時があると思う。そして、それは「自分はなぜ生きているんだろう」というところまで行き着く。

これが深く考えていていいと思う人もいるかもしれないが、個人的にはここまで深く考えない人の方が今の時代、有利なこともある。なぜかというと、今の時代はとにかく選択肢が多いからだ。基本的にはどんな職業についたっていいし、株式投資で暮らしてもいい。選択肢が多いことは、基本的にはいいことではあるのだが、場合によってはデメリットもある。

つまり、人生の意味を考えてしまうような人にとっては、この選択肢が多い時代は、非常に迷いが生じやすい時代でもある(そのため、深く考えない人は強い。迷いがない。選択肢が多い分だけ、自分がやりたいことベースで、迷いなく人生を進めることができる)。自分も家業があって、先祖代々受け継がないといけない状況だったら、人生を迷いなく、そこに集中できたと思う。

自分だけの人生

そのため、ここでは深く考えてしまうような人に焦点を当てる。(自分ベースで物事を選択し進められる人は、この時代に適しているので、大いに迷いなく人生を送ってください)

どうすればいいのか。方向性は以下の2つだ。

  1. 自分のためだけに人生を送る
  2. 社会のために人生を送る

結論としては、2の方がオススメではあるが、注意しないといけないのは、1で進めたけど、結果的に2になっていたということもある。ただ、本当に1だけを進めてしまうと、いわゆるニヒリズムに陥る。

ニヒリズムとは、何をやっても意味がないと思ってしまう、いわゆる虚無感のことであるバケツの水を片方からもう一方に移し、また元に戻すという拷問が実際にあったらしいが、これと同じようなことを日々の生活でも感じてしまうと、日々が拷問になる。

例えば、世界中の人が頑張って働いているわけだが、そもそも個人には寿命がありいつかは死ぬだろうし、もっといくと最終的には地球だって太陽に飲み込まれなくなる(もちろん地球上の全ての生物も息絶える)。

どうせ死ぬ自分のために何を一生懸命になって生きるんだろうという話になる。なので、話を戻すと、1で進めることは、人生の意味を考える人にとっては、迷うが生じやすくなると思う。

次の世代にバトンを渡す

2で進めるとどうなるか。最終的に地球は消滅するものの、間違いなく次の世代は生まれてくる。また、自分たちの前の世代もまた自分たちをここまで育ててくれた。

そう考えると、これまでやってきた通り、バトンを次の世代に渡していくことは、これまで人間がおこなってきた営みだと感じてくる(もちろん他の動物も多かれ少なかれそうして生きているわけではあるが)。バトンを渡すことが目的であるから、それ以上も以下も考える必要はない。

という考え方をすると、2の通り、社会のために、次の世代のために何ができるかを考えながら生きていくと、少しは自分の人生に意味が見出せる気がする。

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こんにちは

平成生まれの30代が、人生についてブログを書いています。無名な自分のブログにどんな価値があるんだろうと考えたときに、割と資本主義の世界でもやもやしてきたので、その日々の思いを共有し、誰かの助けにならないかと思っているのと、同じような志や思いを持っている人と交流したいと思っています。