子供の日
先日(令和7年5月5日)は子供の日だった。子供の日には決まって、自治会のお祭りに参加することにしている。そのお祭りは、子供の日ということで、子供が主役になり、お神輿を担いで、街を練り歩く祭りになっている。
一方で、想像に難くないと思うが、参加する子供の数は減っている。自治会に参加している子供が減っている(これはこれで問題だと思う)のもあるが、そもそもの子供の数が減っているからだ。実際に、令和6年の新生児の数は約72万988人(ちなみにそのうちの1人は、私の子供)ということで、過去最低かつ亡くなっている人の方が多い。
実際に肌で子供が少なくなっていることを感じ、これからの30年は、これまで生きた30年とは全く異なるんだろうなぁと、強く感じる。
例えば、街のインフラ。自分が子供のころは圏央道が開通し、記念で解放され、父と一緒に自転車で走りにいった。これからは高速道路を新しく作り、解放するというイベントはなくなっていくと予想が付く(自分の家庭でも、今後あまり使わないと予測されるものにお金はかけないだろう)。こんな事例が公金を使ういたるところで出てくると思う。
(一応データを上げておくと、今後20年で私が住んでいる市では、約2万人の人口が減る。2万人というのは、約17%にあたる。さらに人口も高齢化し、65歳以上の老年人口は約44%になる。)
つまり、日本社会は、人口が減少し、高齢化も深刻になっていく。(そんなことは前から誰でも言っていることではあるのだが、意識しない層も、いよいよそれをいろんなところで感じるようになると思う。外国人の移民の増加などはすでに多くの方が感じるところだと思う。都心だけではなく、地方でも外国人を見かける機会が増えていると思う。)
サラリーマン
一方で、多くの人はこれまでの30年と同じ価値観で仕事をしており、ネットや本屋を見ても、如何に「仕事のできる人間」になるか、そのためにどうするのかというようなコンテンツがあふれている。ここに大きな矛盾を感じる。
また、社会のためになりたいのであれば、エッセンシャルワーカーになるという手もある。この職種であれば、社会に本当に必要な業務を行うことができる。ただこの職種の難点は、一般にはいわゆるホワイトカラーの仕事をするよりも、給料が高くないことだ。(昔ならば、これくらいの給与でよかったのかもしれないが、今は社会が成熟したことでいろいろなものが必要だ。携帯電話や学習塾、車など)
つまり、企業でどんなに頑張っても多くは直接は日本のためにならず、日本のためになるエッセンシャルワーカーでは今の時代に十分な給与を得ることが難しい。
ここまでの流れを汲むと、これまで通りの生き方は、これからの時代では正解にはならないんだと思う。だから、これまでのように、会社で頑張ることは日本のためにはならない。
どうするべきか
ではどうするべきなのか。当たり前だが、どうすべきでないのかは簡単で、会社のためだけに自分の時間を使うことはアンチパターンだ。
いろいろな貢献の仕方があると思う。選挙に行くというのが一番簡単で、誰でもすぐにできることではある。また、自分が政治家になって変えるという手もある。
サラリーマンを続けながら個人でできることは、もっと気楽に働き、地域発展の貢献することだと思う。東京一極集中がこの問題の原因になってる部分はあるし、地域が元気になると、これまでの「東京働き一辺倒」の価値観を変えることもできる。また大切なことは問題を見て見ぬふりをすることだとも思う。日本の未来のためになっていると信じられないと、自信を持って毎日を送ることができないと思う。
解決策はいろいろあるので、いずれまとめたいと思うが、大きな方向性としてはこんなところだと思う。
最後にまとめ
- 日本の子供が減っている。
- これまでの通りの仕事一辺倒のスタイルには限界がくるものの、生活のためにサラリーマンを継続している。
- 解決策は様々があるが、まずは気楽に働いてみる。
- 仕事だけに人生をささげるのは、日本のためにならない。


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